【ポケモン】サファイア – 最初にしたゲーム

ゲーム

はじめに

本棚の奥や押し入れの片隅を整理していると、ふとした瞬間に古いゲームソフトが出てくることがある。そのたびに手に取って眺め、当時の記憶を辿ってしまうのは、きっと誰にでもある経験なのではないだろうか。私にとってそうした特別な一本が、『ポケットモンスター サファイア』だ。

自分の「ゲーム人生」の原点を辿ると、必ず行き着くのが『ポケットモンスター サファイア』だ。ゲームボーイアドバンス用に発売されたこの作品は、私にとって単なる一本のソフトではなく、初めて「自分の意思でゲームの中の世界を歩いた」という記憶そのものだった。友達に借りたわけでも、親に勧められたわけでもなく、自分でパッケージを選び、自分のお年玉で買った一本。そう考えると、これは私にとって「初めて自分で選び取った物語」だったのかもしれない。

今回はその『サファイア』での思い出を、できるだけ細かく振り返ってみたいと思う。相棒に選んだアチャモのこと、当時夢中になった「ポロックづくり」のこと、そしてなぜか一番最初にレベル100へ到達したのが戦闘要員でもなんでもない「エネコロロ」だったという、今思い出しても不思議なエピソードまで、順を追って書いていこうと思う。

ホウエン地方という新しい世界

舞台となるのは、緑豊かな大地と青い海が広がる「ホウエン地方」。それまでゲームというものにあまり触れてこなかった自分にとって、電源を入れてタイトル画面が表示された瞬間のワクワク感は今でも鮮明に覚えている。最初のパートナーを選ぶあの場面でキモリ、アチャモ、ミズゴロウの中から誰を相棒にするか、画面の前で本気で悩んだのが懐かしい。

草むらに迷い込んで野生のポケモンに襲われているオダマキ博士を助けるために、バッグの中から一匹を選んで飛び出させる。あの導入は今思えばとてもよくできていて、「自分で選んだ」という感覚をプレイヤーに強く植え付ける仕組みだったのだと思う。実際、私はあの瞬間の緊張感と高揚感を今でもはっきり覚えている。

当時の私は、パッケージの裏に描かれたポケモンたちのイラストを何度も見返しては、「このゲームの中でどんな冒険が待っているのだろう」と想像を膨らませていた。攻略本もインターネットの攻略サイトもろくに見ずに、手探りで進めていったあの頃のプレイスタイルは、今思えば非効率極まりないものだったが、だからこそ一つひとつの発見が新鮮で、忘れられない体験になったのだと思う。

相棒はアチャモに決めた

散々悩んだ末、私が選んだのはほのおタイプのひよこポケモン、アチャモだった。当時の自分がなぜアチャモを選んだのか、理由はいたってシンプルで、「見た目が一番可愛かったから」というのが正直なところだ。キモリのクールな雰囲気にも、ミズゴロウののんびりした顔にも惹かれたけれど、最終的にはあの小さな体で懸命に駆け回るアチャモの姿にひとめぼれしてしまった。

アチャモはワカシャモ、そして最終進化形のバシャーモへと進化していく。特にバシャーモに進化した時の変化は衝撃的で、あの丸っこくて可愛らしかったアチャモが、かくとうタイプも併せ持つ精悍な姿になったのを見て、子供心に「大きくなったな」としみじみ感じたのを覚えている。序盤は火力にやや不安があるように感じていたアチャモも、進化を重ねるごとにどんどん頼もしくなっていき、ジムリーダー戦でも大活躍してくれた。

ほのお・かくとうタイプという組み合わせは、当時の私には少し複雑に感じられたけれど、水タイプのジムリーダーには苦戦しつつも、岩や氷、鋼タイプの相手には非常に頼りになる存在だった。何より、最初に選んだポケモンというのは特別な思い入れがあるもので、パーティの中でも常にエースとして手元に置いていたのを覚えている。厳しい戦いで瀕死になりながらも勝利をもぎ取ってくれた場面は数えきれないほどあり、そのたびに「よくやった」と画面に向かって声をかけていた。

最終的にバシャーモへと進化を遂げたアチャモは、かくとう技を覚えたことで弱点をある程度カバーできるようになり、終盤のジムリーダー戦やチャンピオンロードでも欠かせない存在であり続けた。技マシンを求めてダンジョンを走り回ったり、より強い技を覚えさせるためにレベル上げに励んだりと、アチャモを中心にパーティ全体の戦略を考えていた記憶が今でも鮮明に残っている。

冒険の始まりとホウエン地方の風景

ホウエン地方は、横に長い本島と、その周囲に点在する小さな島々で構成されている。緑あふれる本島の中心には活火山がそびえ、青々とした海には数々の島が浮かんでいる。移動手段として登場する「じてんしゃ」も印象的で、スピード重視の「マッハじてんしゃ」と、テクニック重視の「ダートじてんしゃ」を使い分けながら地方を駆け抜けるのは、それまでの徒歩移動だけの感覚とは違う爽快感があった。

物語の中では、陸を広げようとする「マグマ団」と、海を広げようとする「アクア団」という二つの組織が対立しており、この構図がストーリー全体を大きく動かしていく。子供の頃の自分にとっては、「どちらの言い分にも一理あるように見えるのに、なぜ争うのだろう」という素朴な疑問を抱かせてくれる展開でもあった。今振り返ると、単純な勧善懲悪ではない対立構造を、子供向けのゲームの中にさりげなく組み込んでいたのは、なかなか奥が深い作りだったのだと思う。

物語終盤では、アクア団がついに深海の底からカイオーガを目覚めさせてしまい、雨が止まない異常気象がホウエン地方全体を覆ってしまう場面がある。画面全体が薄暗い雨模様に染まり、それまで見てきた明るいホウエン地方の風景とはまるで違う雰囲気に一変した時の衝撃は、今でもはっきりと覚えている。子供の頃の自分にとって、「ゲームの中の世界が天候の変化によってここまで様変わりするのか」という驚きは新鮮で、単なるバトルゲームの枠を超えた、壮大な物語を体験しているような気持ちにさせられた。

カイオーガを鎮めるために海底の祠を目指す終盤のシナリオは、当時の自分にとって少し難易度が高く感じられ、何度も同じ場所でつまずいては攻略を諦めかけたこともあった。それでも、諦めずに何度も挑戦を重ね、ようやくラストシーンにたどり着いた時の達成感は格別だった。

秘密基地づくりという寄り道

ストーリーの本筋とは別に、『サファイア』には「ひみつきち」と呼ばれる要素があり、木の洞や岩の隙間など、地方のあちこちに隠された特別な場所に自分だけの秘密基地を作ることができた。人形や旗、風船などのグッズを配置して自分好みの空間を作り上げていく作業は、バトルとはまったく違う種類の楽しさがあった。

友達と通信することでお互いの秘密基地を訪れ合うこともでき、誰がどんな風に基地を飾り付けているかを見せ合っては盛り上がっていたのを覚えている。今思えば、この「ひみつきち」の要素も、当時の自分にとってはポロックづくりと並んで、ストーリー攻略以外の大きな楽しみのひとつだった。

ポロックづくりに夢中になった日々

『サファイア』を語るうえで、私にとって欠かせない思い出のひとつが「ポロックづくり」だ。ポロックとは、木の実をすり潰して作るポケモン用のお菓子のようなもので、ポケモンコンテストで使用したり、なつき度を上げたりするためのアイテムとして使われる。

ポロックを作るには「ポロックセット」と呼ばれる道具が必要で、これを使ってミキサーのようなものを回しながら、複数の木の実を混ぜ合わせていく。ミキサーは友達と通信することで複数人で同時に回すことができ、回転速度やタイミングを合わせることで、より高品質なポロックを作ることができるという仕組みだった。当時は友達の家に遊びに行くたびに、通信ケーブルを使ってポロックづくり大会を開いていたのを覚えている。

木の実にはそれぞれ「からい」「あまい」「にがい」「すっぱい」「しぶい」という五つの味の要素があり、その配合によって出来上がるポロックの味や色が変わってくる。当時はどの木の実を組み合わせればどんな色のポロックができるのか、友達と情報を交換しながら試行錯誤していた。特に、レアな色のポロックを作れた時の達成感は格別で、「これは絶対にコンテストで使う」と大事に取っておいたことを覚えている。

ポロックはポケモンに与えることで、そのポケモンの「かしこさ」「うつくしさ」「たくましさ」「かわいさ」「かっこよさ」といったコンテストステータスを上げることができる。私は当時、育てていたポケモンたちにせっせとポロックを与えては、ステータス画面を開いてどれだけ数値が伸びたかを確認するのが日課のようになっていた。もちろん与えすぎると「まずい」と感じてなつき度が下がってしまうこともあったので、味の好みを考えながら慎重に与える必要があった。ポケモンの性格によって好きな味・嫌いな味が違うという設定も当時は新鮮で、「このポケモンは辛いのが苦手なんだな」などと、まるで本当に生き物を育てているかのような感覚を味わっていた。

木の実を集めるために、木の実の木を巡って回収したり、時には交換を頼ったりと、ポロックづくりを中心にゲーム内での行動範囲がどんどん広がっていったのも良い思い出だ。ストーリーを進めることと同じくらい、この地道な作業に夢中になっていた時期がある。今思えば、バトルで勝ち進むこと以外にも「育てる楽しさ」をここまで丁寧に描いていた『サファイア』は、単なる対戦ゲームではなく、ポケモンとの生活そのものを楽しむゲームだったのだと改めて感じる。

ポロックの品質にも「ふつう」から「さいこう」まで段階があり、ミキサーを回す速度がバラバラだと質の低いポロックしかできず、逆に息を合わせてスムーズに回転させることができると、高品質なポロックが出来上がる仕組みだった。一人でプレイしている時は当然クオリティに限界があり、どうしても友達と通信した時の方が良いポロックが作れることが多かった。そのため、学校で友達と会うたびに「今度また一緒にポロック作ろう」と約束していたのを覚えている。数を集めることにも夢中になり、バッグの中のポロックケースがぎっしり埋まっていく様子を眺めるのが、当時のちょっとした楽しみでもあった。

また、木の実にはそれぞれ育てると実る個数や周期が異なり、「もっと甘い実がなる木を育てたい」「レアな木の実を増やしたい」と、畑のように木の実を植えては収穫するのも日課になっていた。ゲームの中で植物を育てるという感覚は、当時の自分にとって新鮮な体験で、バトルとはまったく違う穏やかな時間の流れを楽しんでいたように思う。

ポケモンコンテストへの挑戦

ポロックで鍛えたポケモンたちを試す場として用意されていたのが「ポケモンコンテスト」だ。バトルとは違い、見た目の美しさや技の見せ方、審査員へのアピールの仕方が評価される、これまでのポケモンゲームにはなかった新しい遊び方だった。

コンテストには「かわいさ」「うつくしさ」「かっこよさ」「かしこさ」「たくましさ」という五つの部門があり、それぞれの部門に応じたポロックを与えて挑戦する。私は見た目の可愛らしさから、当時「かわいさ」部門に力を入れていた記憶がある。技を繰り出すタイミングや、他の参加者にアピールポイントを被せられないようにする駆け引きなど、バトルとは違った緊張感があり、初めてリボンを獲得できた時の喜びは今でも覚えている。

コンテストの会場に足を踏み入れると、他のトレーナーたちが連れてきたポケモンと横並びになり、それぞれが技を披露していく。技にはコンテストで使うと審査員へのアピール度が上がるものと、あまり評価されないものがあり、どの技を覚えさせておくかも事前の重要な準備のひとつだった。私はエネコロロに可愛らしい印象を与える技を覚えさせて、かわいさ部門に挑ませていたことを覚えている。審査員のハートマークが積み上がっていく演出を見るたびに、バトルとはまた違ったドキドキ感を味わっていた。

コンテストで勝ち進むこと自体がストーリー攻略に必須というわけではなかったが、「バトルだけがポケモンの楽しみ方ではない」ということを、当時の自分に教えてくれた要素だったと思う。実際、コンテストにハマったことでポロックづくりへの熱量もさらに増していき、良い意味で寄り道の多い冒険になっていった。

なぜか最初にレベル100になったのはエネコロロだった

『サファイア』の思い出の中でも、特に不思議で印象に残っているのが「一番最初にレベル100になったポケモンがエネコロロだった」という出来事だ。普通に考えれば、パーティのエースであるバシャーモや、ジムリーダー戦で酷使していたポケモンが真っ先にレベル100へ到達しそうなものだが、実際にはそうならなかった。

エネコロロは、ノーマルタイプの「エネコ」が進化した姿で、当時の私はその愛らしい見た目にすっかり心を奪われていた。ストーリー攻略上は決して主力になるようなポケモンではなく、どちらかというと補助的な立ち位置だったのだが、なぜか手持ちから外せないほどお気に入りになってしまい、気づけば毎回のバトルに引き連れて歩いていた。

理由を振り返ってみると、いくつか思い当たる節がある。まず、当時はまだ「効率よくレベルを上げる」という発想があまりなく、単純に「好きなポケモンを一番使う」というプレイスタイルだったこと。バシャーモや他の主力ポケモンは、強い技を持っていたぶん一撃で相手を倒してしまうことが多く、経験値を他のポケモンにも分散させたいと考えて控えに回すことがしばしばあった。一方でエネコロロは、器用貧乏というべきか、決定打に欠ける部分があったため、あえて何度も戦闘に出しては経験値を稼がせていたのだと思う。

さらに、当時は野生のポケモンとのバトルや、同じ道を何度も往復するような「作業的なレベル上げ」をしていた時期があり、その際にたまたま先頭に置いていたのがエネコロロだったことも大きい。何度も同じ道を歩いては野生ポケモンと戦い、経験値を稼ぐという地味な作業を、当時の自分は特に苦とも思わず延々と続けていた記憶がある。おそらくその積み重ねが、気づけばエネコロロだけを突出してレベルアップさせる結果につながったのだろう。

そもそもエネコロロと出会ったきっかけも、決して計画的なものではなかった。草むらで偶然遭遇した「エネコ」があまりに可愛らしく、思わず捕まえてしまったのが始まりだった。当時はまだ進化の仕組みをよく理解しておらず、「つきのいし」を使うとエネコロロに進化するという情報を攻略雑誌で見て、ようやく手に入れて進化させた瞬間、画面いっぱいに広がる進化演出を食い入るように見つめていたのが懐かしい。

進化してからのエネコロロは、見た目の愛らしさも相まってあっという間にお気に入りのポジションに収まった。ノーマルタイプゆえに弱点は少なく、そこそこの素早さも相まって、道中のザコ戦ではとりあえず先頭に出しておく、という使い方が定着していった。特別な戦略があったわけではなく、ただ単純に「連れ歩いていて楽しいから」という理由だけで、気づけば誰よりも多くの戦闘をこなしていたのだと思う。

レベル100に到達した瞬間のことは今でもよく覚えている。ステータス画面を開いて「Lv.100」の表示を見た時、素直に「やった」という気持ちと同時に、「まさかこの子が一番最初になるとは」という不思議な感覚があった。当時の私にとってレベル100というのは一つの大きな目標であり、それを最初に達成してくれたのが戦略的に選んだわけでもないエネコロロだったというのは、今振り返っても面白いエピソードだと思う。効率や強さを追い求めるのではなく、ただ「好きだから一緒にいた」ポケモンが一番成長してくれたというのは、なんだかとても『サファイア』らしい思い出だと感じている。

面白いことに、レベル100になった後のエネコロロは、パーティの中で「もう経験値の入らないメンバー」になったにもかかわらず、それでも私は最後までパーティから外すことができなかった。バシャーモが数々の激戦を勝ち抜くエースだったとすれば、エネコロロはいわば「一緒に旅をしてきた相棒」のような存在で、ステータスの数値以上の愛着を感じていたのだと思う。

四天王とチャンピオン戦、そして殿堂入り

長い冒険の末にたどり着いたポケモンリーグでは、四人の四天王が待ち構えていた。あく、ゴースト、こおり、ドラゴンタイプをそれぞれ得意とする強敵たちを相手に、それまで育ててきたパーティ全員の力を試される場面だった。特にドラゴンタイプを操る最後の四天王との戦いは苦戦を極め、何度も敗北しては手持ちの技構成を見直し、育成のやり直しを重ねたのを覚えている。

そして最後に立ちはだかったのが、ダイゴだった。単なる強さ比べ以上の感慨があり、バシャーモの繰り出す渾身の一撃で勝敗が決まった瞬間、思わず画面の前でガッツポーズをしたのを覚えている。殿堂入りの画面に表示された手持ちポケモンたちの姿を眺めながら、ここまでの長い道のりを振り返っていたあの時間は、今でも忘れられない。

図鑑集めと交換の思い出

ストーリーを進める傍らで、私は「ポケモン図鑑を完成させる」という目標にも夢中になっていた。ホウエン地方だけでも多くのポケモンが登場し、その中には自力では入手できず、他のバージョンとの交換や、特定のイベントを経なければ手に入らないポケモンも存在した。

お父さんが『ルビー』を持っていたこともあり、通信ケーブルを使って何度も交換をした記憶がある。お互いに「そっちのバージョン限定のポケモンをちょうだい」と頼み合いながら、図鑑の空欄を一つずつ埋めていくのは、一人でプレイしている時とはまた違った楽しさがあった。ポケモンを送り出す瞬間の「本当にこれでいいのか」という一抹の寂しさと、新しいポケモンが手元に届いた時の喜びが入り混じった、なんとも言えない感覚は今でも覚えている。

音楽と映像が呼び覚ます記憶

ゲームの内容そのものだけでなく、当時流れていた音楽の数々も、今でも耳の奥に残っている。冒険を始めたばかりの町を歩く時の軽快なBGM、ジムに足を踏み入れた瞬間の緊張感を煽る旋律、そしてマグマ団やアクア団のアジトに侵入する時の不穏な音楽。数年ぶりにサウンドトラックを耳にすると、当時の記憶が鮮明によみがえってきて、まるでタイムスリップしたかのような感覚になる。

GBAという限られたハードウェアの中で表現された、シンプルながらも味わい深いドット絵のグラフィックも、今振り返ると独特の温かみがある。海の青さ、火山の赤さ、木々の緑――当時の自分にはそれらの色彩が本物の風景のように鮮やかに映っていたことを覚えている。技術的に見れば決して高精細なグラフィックではなかったはずなのに、想像力を掻き立てられる余白があったからこそ、あれほどまでにホウエン地方の世界にのめり込めたのかもしれない。

今振り返って思うこと

大人になった今『サファイア』を思い出すと、単にポケモンを集めて戦うゲームというだけでなく、「自分で考えて選び、育て、進んでいく」という体験そのものが原体験になっていたのだと気づく。アチャモを相棒に選んだこと、ポロックづくりに夢中になって友達と通信を繰り返したこと、そして戦略的な意味などまるでなくエネコロロを最初にレベル100まで育てあげてしまったこと――どれも今思えば些細な出来事かもしれないが、当時の自分にとってはかけがえのない時間だった。

何時間もかけて図鑑を埋めようとしたり、友達とポロックを交換したり、意味もなく大好きなポケモンを連れ回してレベルを上げたりした時間は、今でも色褪せない大切な思い出だ。効率よく強いパーティを組むことよりも、「好きなポケモンと一緒に冒険する」ことを何より優先していたあの頃のプレイスタイルは、今の自分からするとどこか懐かしく、そして少し羨ましくもある。

もし今の自分が『サファイア』をもう一度プレイできるなら、当時と同じようにアチャモを選び、また性懲りもなくポロックづくりに没頭し、そしてきっとまた、気まぐれに連れ回したどこかのポケモンを真っ先にレベル100まで育て上げてしまうのだろう。効率や攻略情報に頼らず、目の前のポケモンとの時間を純粋に楽しんでいたあの頃の自分を、今でも少しうらやましく思う。

振り返ってみると、『サファイア』というゲームが私に教えてくれたのは、勝つための最適解を探すことよりも、目の前にいる一匹一匹との時間を大切にすることの楽しさだったのかもしれない。アチャモとともに数々のジムリーダーに挑んだ緊張感、友達とミキサーを回しながらポロックを作った穏やかな時間、そして戦略とは無縁のまま気づけばレベル100に到達していたエネコロロとの何気ない日々――そのどれもが、今の自分を形作る小さな欠片になっている気がする。

ゲームというものにまだ不慣れだった当時の自分が、右も左もわからないまま夢中でホウエン地方を駆け回っていたあの日々を、こうして文章にして振り返る機会を持てたことをうれしく思う。これから先、新しいポケモンシリーズに触れることがあっても、私にとっての「原点」は、間違いなくこの『ポケットモンスター サファイア』であり続けるだろう。そんな気持ちにさせてくれる、私にとって特別な一本だ。

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